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東京高等裁判所 平成8年(ネ)3180号 判決 1997年8月21日

控訴人

株式会社御宿ゴルフ倶楽部

右代表者代表取締役

加藤茂

右訴訟代理人弁護士

坂口公一

小林弘明

尾﨑毅

被控訴人

森上公彦

右訴訟代理人弁護士

村田浩

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

本件は、被控訴人が、控訴人に対し、ゴルフ場のオープン遅延等を理由に控訴人との間で締結したゴルフ倶楽部入会契約を解除し、入会金、預託金(合計二五〇七万五〇〇〇円)及びこれらに対する訴状送達の翌日である平成七年一月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の返還を求めたところ、原審において、被控訴人の請求が認容されたため、控訴人が控訴に及んだ事案である。

一  争いのない事実

1  控訴人は、会員制ゴルフ場の経営を目的とする株式会社である。

2  被控訴人は、控訴人との間で、平成二年九月二八日、控訴人が千葉県夷隅郡御宿町に建設することを予定して会員募集を開始した「御宿ゴルフ場」(以下「本件ゴルフ場」という。)を利用する者の組織である「御宿ゴルフ倶楽部」(以下「本件ゴルフ倶楽部」という。)の個人正会員となる入会契約(以下「本件入会契約」という。)を締結し、同日、控訴人に対し、入会金二五〇万円、預託金二二五〇万円、消費税七万五〇〇〇円を支払った。

3  本件入会契約の際、被控訴人が入手した控訴人の会員募集パンフレットには、本件ゴルフ場の完成時期として平成四年一一月、本件ゴルフ場の附帯設備として、欧米風リゾートホテル、室内外プール及びアスレチックジム等を建設する旨が記載されていた。

また、その際、本件ゴルフ倶楽部の会員の種類は、名誉会員、特別会員、正会員(法人及び個人)、平日会員(法人及び個人)の四種類であった。

4  控訴人は、平成四年五月、本件ゴルフ倶楽部の会員の種類として、特別正会員(法人及び個人、サブ登録者一名を登録できるものとされている。)、新平日会員、家族会員及びソシアル会員を新設した。

5  控訴人は、平成七年一二月、正会員権を次のとおり二分割することを決定した。

(一) 既存の会員券をA券とB券の二つとし、A券とB券の表示する預託金額を各一一二五万円とする。

(二) A券は従前の会員の名義とし、B券については、平成八年二月一日から二年間は無記名の会員券の扱いとするが、第三者への名義書換もできる。

(三) 分割を希望しない正会員は、そのままの地位にいることができる。

6  被控訴人は、控訴人に対し、平成七年一月二〇日送達の本件訴状をもって、債務不履行を理由として、本件入会契約を解除する旨の意思表示をした。

二  争点とこれについての当事者双方の主張

本件の争点は、以下の被控訴人の主張する理由に基づき、被控訴人からの本件入会契約の解除が認められるか否か、である。

1  本件ゴルフ場のオープン遅延について

(被控訴人の主張)

(一) 本件のゴルフ場のコース完成予定は平成四年一一月であり、控訴人は被控訴人に対し、本件入会契約において、その頃本件ゴルフ場をオープンすることを約したが、その後四回以上にわたって、一方的にオープン時期を変更し、平成六年一一月には、平成七年五月にオープンするとの通知をしてきたものであり、控訴人には約定の時期に本件ゴルフ場をオープンしなかった債務不履行がある。

(二) 控訴人には、本件ゴルフ場を開設し会員を募集しようとする以上、当然に景気の変動を予想し、それに対応して資金手当をする義務があるから、景気変動によって資金不足になった場合であっても、資金不足によるオープン遅延は、控訴人の責めに帰すべき事由によるものといえる。

(三) 控訴人から本件ゴルフ場の施工を請け負った佐藤工業株式会社(以下「佐藤工業」という。)が工事を中断したのは、資金不足が原因で、控訴人が再三計画の変更、工事の中断を申し入れたり、請負代金の支払いを怠ったことによるものであるから、オープン遅延は、控訴人の責めに帰すべき事由によるものである。

(四) そもそも控訴人には資金不足はなく、仮に資金不足があったとすれば、控訴人が会員権販売等により調達した資金を他に流用したとしか考えられない。

(控訴人の主張)

(一) 控訴人が被控訴人に対して明示した本件ゴルフ場のオープン予定時期は平成五年春である。控訴人の会員募集パンフレットに記載されている平成四年一一月は、コースの完成予定時期であって、オープン予定時期ではない。

そして、本件ゴルフ場は、平成七年四月二六日にオープンしたから、オープン時期の遅延は、予定時期から二年以内であり、ゴルフ場の着工からオープンまでには当初予想できない様々な困難がありうることを考慮すると、この程度の遅延は、社会通念上相当として許容される期間内の遅延であって、債務不履行にはならない。

(二) ゴルフ場の建設においては、その給付の性質上、履行代行者の使用が不可欠であり、本件でもパンフレットにおいて、ゴルフコースの施工業者が記載され、クラブハウスの施工業者は未定と記載されているから、本件入会契約においては、特約として履行代行者の使用が積極的に許されている。

したがって、控訴人は、履行代行者の選任、監督に過失があった場合にだけ債務不履行の責任を負うというべきであるところ、控訴人には右過失がない。

(三) 本件ゴルフ場のオープン遅延は、バブル崩壊による資金不足と佐藤工業の過失によるものであって、控訴人の責めに帰すべき事由によるものではない。

控訴人は、佐藤工業と、本件ゴルフ場を平成五年一月三一日には竣工するとの約束で、クラブハウス建設工事についての請負契約を締結し、支払条件は出来高払いとし、控訴人がその出来高を確認後に支払うことを約した。

しかし、控訴人が佐藤工業の出来高に基づくとする請求に対して検査をしたところ、出来高として請求された金額に見合う内容の工事がされていなかったため、控訴人は佐藤工業に対する支払いをしなかった。それ以降、佐藤工業は、平成四年九月からクラブハウス建設工事を中断した。

したがって、佐藤工業が一方的に工事を中断したため、工期が遅れオープン遅延が生じたのであるから、オープン遅延は、佐藤工業の責めに帰すべき事由によるものである。

(四) 控訴人が資金不足に陥ったのは、当初の建設資金を二三六億円と見積もった平成元年春以降、土地取得代金の値上がり、借地予定者からの買い上げ要請、県道工事、進入路工事、町道の補修、拡幅等の見積もり外の支出、県からの植栽増加の指導、排水管の入れ直し、業者の変更に伴う費用の増加、JRや町及び地元への寄付金並びにオープン遅延に基づく約二年間の建設事務所経費、人件費、維持管理費、金利等、当初の見積もりで見積もっていなかった費用が発生し、合計約三〇〇億円の費用が必要となってしまったためである。

2  附帯施設の未整備について

(被控訴人の主張)

(一) 控訴人は、被控訴人に対し、本件入会契約の際、平成四年一一月のオープン時期には、欧米風高級リゾートホテル(客室四八室、地上四階地下一階建て)、室内プール及び室外プール、アスレチックジム等(以下「本件附帯施設」という。)を設置し、これを被控訴人に使用させることを約した。

(二) 本件ゴルフ場は、東京から遠隔の地にあり、入会者はホテルに宿泊してゴルフプレーを楽しむばかりでなく、長期滞在でも飽きることのないリゾートライフを楽しむことができる立派な附帯施設を有するとして勧誘され、被控訴人もこれを目的として、本件入会契約を締結したのである。したがって、本件附帯施設を建設してこれを被控訴人に利用させる控訴人の義務は、本件入会契約の要素たる義務というべきである。

ところが、控訴人はこれらの附帯施設を建設しておらず、建設できる目処もない。

(三) 控訴人の主張する宿泊設備の整備の内容は、クラブハウス内にある一一室をいうにすぎず、平成八年四月、五月の連休や八月中旬の夏期シーズンには、会員は満足に宿泊予約をとることができなかった。

(四) 控訴人は、平成八年一二月四日現在未だ本件附帯設備を完成していない。これは、重大な債務不履行であり、被控訴人は、控訴人に対し、改めて、同日付け準備書面をもって、本件入会契約の解除の意思表示をする。

(控訴人の主張)

(一) 本件附帯施設は、ゴルフを行うために必要不可欠な施設ではなく、本件入会契約の内容になっていない。

(二) 仮に、本件附帯施設の建設が本件入会契約の内容に含まれるとしても、本件入会契約の目的はゴルフを通じて会員相互の親睦を図り、各自の技能の向上を図ることにあるのであるから、本件附帯施設の建設は、本件入会契約においていわば付随的な義務にすぎないところ、このような付随的な義務を怠ったにすぎない場合には、本件入会契約の解除は許されない。

(三) また、本件附帯施設の建設が本件入会契約の内容に含まれるとしても、会員の施設利用権の本質的部分の侵害とならない範囲で、施設の内容や完成時期についてある程度の変更が許されるところ、控訴人は、クラブハウスと客室は完成させているのであるから、必要十分な施設は完成しており、今後予定されている第二期工事によって、将来はホテル等も完成する見込みであるから、債務不履行とはならない。

3  新たな種類の会員資格の新設・募集について

(被控訴人の主張)

(一) 控訴人は、本件入会契約締結の際、被控訴人に対し、本件ゴルフ倶楽部の会員の種類は、名誉会員、特別会員、正会員(法人及び個人)、平日会員(法人及び個人)の四種類とする旨を約した。これ以外の新たな会員資格の創設は、既入会会員の基本的権利に影響を及ぼす措置であるから、控訴人は、被控訴人の同意なくして新たな会員資格の創設を一方的に行うことはできないというべきである。

(二) しかるに、控訴人は、新たに、特別正会員(法人及び個人)という会員資格を新設し、新規申込みを多数受理し、かつ、既存の正会員からの変更申込みを受理した。

この特別正会員という会員資格は、会員になれば、サブ登録者一名が登録されるもので、サブ登録者は、自己の特別正会員がプレーをする日と同日にプレーすることはできないものの、特別正会員と同一の条件でプレーの予約をし、ホテルやクラブハウスに宿泊し、他の設備も利用することができ、料金は特別正会員と同一である。その結果、実質的には、大幅な会員の増加となり、本件ゴルフ場の格式を低下させ、会員権の価値を著しく下落させることとなった。

(三) さらに、控訴人は、週日会員、土曜日にプレーすることができる新平日会員、家族会員、ソシアル会員という新規会員資格を創設し、これらの募集を開始して申込みを受理した。その結果、正会員の土曜日の利用に支障を来すことが予想される。

(控訴人の主張)

(一) 被控訴人は、本件入会契約締結の際、会則を承認しているところ、控訴人が行った新たな会員資格を創設することに関する会則の変更は、被控訴人の既得の権利を制限したり剥奪したりするものではなく、被控訴人の義務を新たに課したり加重したりするものでもないから、右会則の変更は有効であり、控訴人に義務違反はない。

(二) 被控訴人に不利となるような会則の変更を一方的にできないことは当然であるが、新たな種類の会員資格の創設により、被控訴人の本件ゴルフ場の施設利用に支障が生じているわけではなく、被控訴人に不利となっているものではない。

すなわち、本件ゴルフ場は、一日当たり一六〇名、四〇組が適正な利用客数であるが、適正会員数を越えて会員を募集しているわけではなく、また、新たな会員資格を創設した後も、オープン後現在まで右適正数を越えた利用はないから、被控訴人の施設利用権が現実に侵害されているわけではない。

(1) 週日会員は、本件入会契約時の平日会員の名称を変更しただけにすぎず、新たな会員資格を創設したものではない。

(2) 土曜日にプレーすることができる新平日会員、家族会員、ソシアル会員の募集はしていない。

(3) 特別正会員は、正会員としての施設利用権を有するほか、当該正会員の他にサブ登録者を一名記名式で登録することができる会員資格であるが、このサブ登録者は、特別正会員と同日に施設を利用しようとするときは、ビジターとして利用することとなり、かつ、特別正会員が施設を利用しない営業日に限って、単に正会員の資格と同等の資格で施設を利用することができるものであって、しかも、本件ゴルフ倶楽部主催の諸行事等への参加等についても正会員と同等の扱いを受けるものではないので、特別正会員が実質的に二口の正会員資格を取得したことにはならず、また、サブ登録者が被控訴人の権利を侵害することもない。

実際、控訴人は、特別正会員の新規募集及び正会員から特別正会員への変更申込みを、平成四年五月一日から同月三一日までの一か月に限り行ったところ、新規の特別会員の入会者はなく、正会員から特別正会員への変更申込みが四八名あっただけであり、このサブ登録者四八名という人数は、最終正会員募集数一二〇〇人のわずか四パーセントにすぎなかった。

また、会員資格の経済的価値は、本件入会契約の内容となっていない。

仮に、被控訴人の会員資格の経済的価値を下落させないことが控訴人の義務に含まれるとしても、控訴人は被控訴人に対し、新規募集の特別正会員申込みの条件よりはるかに有利な条件で、正会員から特別正会員への変更申込みの機会を与えており、この機会を利用しなかった以上は、被控訴人の会員資格の経済的価値が仮に下落したとしても、控訴人の責任ではない。

(4) 土曜日にプレーをすることができる新平日会員、週日会員の募集価格は、ゴルフ会員権相場の大幅な下落に基づき、需要が見込める価格として設定したものであり、不公平な価格による募集ではなく、被控訴人の会員資格の経済的価値を下落させるものではない。

4  正会員を二分割した措置について

(被控訴人の主張)

(一) 控訴人は、本件入会契約において正会員の募集員数は一二〇〇名と約したが、平成七年一二月正会員を次のとおり二分割した。

(1) 二分割によって生じる会員券をA券、B券とし、A券、B券の表示する預託金額はそれぞれ一一二五万円とし、両券とも新証券を発行する。

(2) A券は従前からの会員の名義とし、B券については平成八年二月一日から二年間無記名会員権の取扱いをする。B券についても、A券の会員の希望により、第三者への名義書換を行う。B券を無記名会員権とした場合、パス券持参者は正会員として取り扱われる。

(3) 分割を希望しない正会員はそのままの地位にいることができる。

(二) しかし、右二分割によって、二種類の正会員ができるばかりでなく、無記名会員券は誰でも自由に使用できるため、本件ゴルフ場のパブリック化を招き、利用者が増加することが予想され、無記名会員の存在は、本件ゴルフ場の格式を著しく低下させるから、入会契約上の義務違反となる。

(三) さらに、本件入会契約では最終会員数が一二〇〇名以内とされているが、分割実行後の募集人員は一八〇〇名とされているので、重大な義務違反となる。

(控訴人の主張)

(一) 被控訴人の主張する二分割が債務不履行となるかどうかは、会員の施設利用権の具体的侵害の有無を形式的にではなく、実質的に判断して決するべきである。

(二) 本件ゴルフ場は、一八ホールを有しており、同規模のゴルフ場の適正正会員数は一八〇〇名であるから、二分割実行にともない正会員が一八〇〇名になったとしても、右適正正会員数内である。控訴人の現在の正会員数は五〇七名であるから、二分割によって正会員が二倍になっても、現在の正会員数は一〇一四名にしかならない。

したがって、被控訴人の施設利用権には具体的な侵害が発生していない。

(三) また、ゴルフ場の格式の維持、会員権の価格の維持が控訴人の義務となるものではない。そもそも、無記名会員の創設が直ちにゴルフ場の格式の著しい低下を招くともいえない上、控訴人は無記名会員の存続期間を原則二年と区切っており、一時的なものにすぎない。

第三  証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  当裁判所の判断

一  本件の経緯について

前記争いのない事実、成立に争いがない甲第五ないし第二六号証(第一九ないし第二五号証については、原本の存在及び成立とも)、第三四号証、乙第二、三号証、第一四号証、第二二、二三号証、第三一、三二号証、第三九号証(第二二号証以下は、原本の存在及び成立とも)、弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第二七ないし第三一号証、第三八、三九号証、第四一号証、乙第四ないし第六号証、第七、八号証(原本の存在及び成立とも)、第九ないし第一三号証、第一六号証の一、第一七号証、第一八号証(原本の存在及び成立とも)、第一九号証の一、第二〇号証、弁論の全趣旨により控訴人主張のとおりの写真であると認められる乙第一号証の一ないし一一に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

1  控訴人は、昭和六一年一二月頃から本件ゴルフ場の建設計画を構想し、平成元年五月頃には具体的な計画を策定した。その建設費用の見積もりは、土地取得費約三五億円、コースに関する工事や植栽費約七〇億円、クラブハウス及び附帯施設工事費、諸設備費約九〇億円、販売費約二〇億円、広告費約五億円、人件費約四億円、その他約一二億円の合計約二三六億円であった。

資金調達については、自己資金が約四〇億円、借入金が三〇億円、残り一六六億円が会員権販売代金を予定していた。

平成二年当時、コース工事については同年六月一日までに工事着工前に必要な許認可を取得し、平成四年一一月に完成する予定であったが、クラブハウス及び附帯施設工事については、未だ施工業者が決定していなかった。

控訴人は、平成二年八月から、まず、募集金額二五〇〇万円の特別縁故会員三〇〇名、募集金額三三〇〇万円の縁故会員五〇〇名の募集を開始した。

2  被控訴人は、控訴人が会員を募集する本件ゴルフ倶楽部ないし本件ゴルフ場のパンフレット(甲第三四号証)、募集要項(甲第五号証)、概要書(第七号証)、会則(甲第八号証)等を検討の上、これらに記載された内容で個人正会員の募集に応じることとし、同年九月二八日、本件入会契約を締結し、控訴人に対し、入会金二五〇万円、預託金二二五〇万円、消費税七万五〇〇〇円を支払った。

右概要書やパンフレットには、「コース概要」と「クラブハウス及びホテル概要」との記載があり、「コース概要」の「工事着工」欄には「平成二年六月」と、「完成予定」欄には「平成四年一一月」と、「クラブハウス及びホテル概要」の「施工」欄には「未定」とそれぞれ明記されているが、いわゆるオープン予定日の記載はなかった。控訴人が右のように記載したのは、本件入会契約当時、クラブハウス及びホテルの施工業者が未定で、その完成時期を明確にできなかったため、「コース」の完成予定しか記載することができなかったことによるものであり、その後に控訴人が作成した縁故募集概要書(甲第一〇号証)では、クラブハウス及びホテルの完成予定時期が決まり、コースの芝の活着期間をも考慮の上で、「オープン平成五年春(予定)」と記載された。

また、右パンフレットには、「クラブハウス及びホテル概要」欄に、建築規模(地上四階地下一階等)のほか、附帯施設<ホテル>として、「客室、レストラン(和食・洋食各一)、メインバー、コーヒーショップ、メンバーズサロン、コンベンションホール、室内外プール、アスレチックジム、マージャンルーム」の記載があり、クラブハウス及びホテルの平面図が載せられている上、本件ゴルフ場が、リゾート地として知られる千葉県夷隅郡御宿町に位置し、「南欧の高級リゾート地を思わせる瀟洒な外観とゆったりした客室。本物のクラブライフを知るゴルファーのための最高のホスピタリティーがここにある。」との見出しの下に、客室数四八、客室はすべて一八坪以上のロイヤルツインルームの高級ホテルが併設されることがその特徴の一つとして強調されている。また、右概要書にも、「クラブハウス及びホテル概要」欄に、その規模、概要として右と同じ記載がされ、附帯施設としてホテルが設置されることが明記されている。そして、右会則には、会員の権利としてゴルフコース及び附帯施設を利用することができる旨定められている。

さらに、右会則には、本件ゴルフ倶楽部の会員の種類は、名誉会員、特別会員、正会員(法人及び個人)、平日会員(法人及び個人)の四種類であることが明記されており、右募集要項及び縁故募集概要書とも、控訴人の最終正会員数は一二〇〇名以内と記載されている。

3  ところが、本件ゴルフ場のコース工事は、業者の見積もりよりも手間がかかり、平成三年に入ると遅れ始めた。

また、クラブハウス及び附帯施設の建設については、控訴人は、平成三年四月二〇日に建築確認を取得し、同年六月、佐藤工業との間で、請負代金額は約六九億円、完成時期は平成五年一月三一日、代金支払方法は控訴人の検査を経て出来高部分を支払うとの約定で、クラブハウス及び附帯設備の工事請負契約を締結し、佐藤工業は平成三年七月、着工したが、クラブハウス及び附帯施設の設計が、設計会社の力量不足により遅れ、これに伴い許認可も遅れた。すなわち、平成五年春にオープンするためには、従業員の教育や什器備品の整備を行う期間が必要であること、建物の検査の許認可、公衆浴場、レストラン関係の許認可を取る必要があることなどから、その半年前の平成四年秋にはクラブハウス及び附帯施設が完成していなければならないのに、設計会社が本件クラブハウスの建築確認(後記計画変更後のもの)を取ったのは、平成四年九月九日であった。

4  そのうえ、当時の経済情勢の変動、いわゆるバブルの崩壊等により、控訴人の資金計画についても大幅な狂いが生じた。すなわち、二五〇〇万円で募集した当初の特別縁故会員(正会員)は、目論見どおり三〇〇名を募集し、約六〇億円の資金調達ができたが、三三〇〇万円で募集したその後の縁故会員は、約二〇〇名しか募集できず、約六〇億円しか資金調達ができなかった。また、融資銀行から一五〇億円の融資を受けることを予定していたが、総量規制により一三億円の融資しか受けられず、結果的に予定していたものよりも約三四七億円少ない資金調達しかできなかった。

5  そこで、控訴人は、平成四年一月頃、建設計画と資金調達を全面的に見直し、できるだけ早くゴルフ場をオープンさせることを重要視し、クラブハウス及び附帯施設工事を第一期と第二期に分け、第一期においてオープンに必要な施設を建設し、必要資金調達後に残りの第二期工事を行うこととした。

6  また、ゴルフ会員権相場が暴落する中で、資金調達を図るため、控訴人は、平成四年五月、その会則二四条の控訴人の取締役会の決議により会則を改廃できる旨の定めに基づき、名誉会員、特別会員、正会員のほか、特別正会員(法人及び個人)、土曜日にプレーすることができる新平日会員、週日会員、家族会員、ソシアル会員という新たな会員資格を創設した。

なお、特別正会員は、正会員としての施設利用権を有するほか、当該正会員の他にサブ登録者を一名記名式で登録することができる会員資格であり、このサブ登録者は、特別正会員が施設を利用しない営業日に限って、正会員の資格と同等の資格で施設を利用することができるものであって、本件ゴルフクラブ主催の諸行事への参加等については正会員と同等の扱いを受けるものではない。週日会員は、本件入会契約時の平日会員の名称を変更しただけにすぎず、新たな会員資格を創設したものではなく、家族会員及びソシアル会員の募集はしていない。

控訴人は、新平日会員を募集したほか、特別正会員の新規募集及び正会員から特別正会員への変更の申込みを、平成四年五月一日から同月三一日までの一か月に限り行ったところ、新規の特別正会員の入会者はなく、正会員から特別正会員への変更申込みは四八名であった。

7  一方、控訴人は、平成四年五月頃、クラブハウス及び附帯施設工事の計画変更を佐藤工業に申し出た。このため、佐藤工業は、躯体コンクリート打設完了後、同年八月三一日に躯体工事についての代金の精算をした上で、同年九月初めには工事を中断した。

控訴人は、平成五年一二月一六日、佐藤工業との間で、見直し計画に基づき、クラブハウス新築工事(仕上げ工事)を完成時期を平成六年四月三一日、請負代金は工事中断期間中の佐藤工業の経費を含め、約二〇億円、支払方法は、いずれも現金で、平成五年一二月二六日に四億円、平成六年一月二〇日に三億円のほか三回の分割により支払うとの約定で仮契約を締結した。

佐藤工業は、平成六年一月に工事を再開したが、控訴人は第一回の分割金四億円は支払ったものの、同年一月二〇日に支払うべき三億円の支払いをせず、同年三月一五日には、販売している本件ゴルフ会員権を佐藤工業に買い受けてもらい、その販売代金と工事代金とを相殺してほしい旨の要望を行ったが、佐藤工業からこれを拒絶され、佐藤工業に対し、右工事から手を引くようにとの申し入れを行った。

佐藤工業は、控訴人に対し、工事精算書を提出し、右工事から撤退する旨を伝え、同年四月一日から工事を止めた。なお、控訴人は、同年三月二八日、佐藤工業に対し、遅延していた三億円を支払った。

控訴人は、その後の同年四月一三日、佐藤工業に対し、本契約をするので工事を再開するようにと要望し、佐藤工業はこれを承諾し、工事費用として中断中の経費を含む二二億三四一七万円を計上し、控訴人もこれを承諾した。

ところが、同月一八日、控訴人から、再度計画変更の申し出がされ、同年五月末日に控訴人と佐藤工業は諸条件について協議を行ったものの、同年六月二〇日、再度撤退の要請があり、佐藤工業は、本件クラブハウスの工事から撤退した。

控訴人は、同年七月二二日到達の内容証明郵便により、佐藤工業に対し、請負契約解除の意思表示をした。

8  控訴人は、平成六年八月四日、吉原組と仮契約を締結し、吉原組は同年一〇月から工事を開始し、ようやく平成七年四月二六日、本件ゴルフ場がオープンした。

なお、クラブハウス及び附帯施設については、第一期分として、クラブハウスのみが建設され、クラブハウス内には一一の客室が設けられ、最大四二名まで宿泊できるようにされたほか、レストランなども設けられているが、第二期分の本格的ホテルや室内外プールその他の附帯施設については、基礎部分が施工されているのみであって、資金調達の目処すら未だたっていない。

なお、本件ゴルフ場の運営、利用の状況は、本件ゴルフ場の適正プレー数は、一日五〇組二〇〇名であるところ、これを越えた日はなく、また、プレーを予約できなかった会員や宿泊を予約できなかった会員もいない。

9  控訴人の平成七年一〇月一二日現在の会員数は、正会員五〇七名、新平日会員一一一名、週日会員三二名、サブ登録者四八名である。

控訴人は、会員権相場の下落の現状に鑑み、既入会の正会員の利益を図るため、同年一二月、正会員を次のとおり二分割することとし、その実施を平成八年二月一日とした。

(一) 二分割によって生じる会員券をA券、B券とし、A券、B券の表示する預託金額はそれぞれ一一二五万円とし、両券とも新証券を発行する。

(二) A券は従前からの会員の名義とし、B券については平成八年二月一日から二年間無記名会員権の取扱いをする。B券についても、A券の会員の希望により、第三者への名義書換を行う。B券を無記名会員権とした場合、パス券持参者は正会員として取り扱われる。

(三) 分割を希望しない正会員はそのままの地位にいることができる。

なお、右無記名会員権については、控訴人としては、既入会の会員に施設利用上問題が生じないよう、期間を限定し、会員の優先予約とするなどの配慮をした。

また、控訴人は、一八ホールのゴルフ場の適正会員数は一般に一八〇〇名とされていることから、正会員数を右にまで増加しても、会員に施設利用上の問題が生じることはないと考え、右二分割に伴い、最終正会員数を一八〇〇名とした。

二  以上の事実に基づき、本件入会契約の解除が認められるかどうかを検討する。

1 オープン遅延について

前記認定のとおり、本件ゴルフ場がオープンしたのは、平成七年四月二六日であるところ、募集要項やパンフレットには、コースの完成予定時期を平成四年一一月と記載するに止まり、オープン予定時期は明記されていなかったが、オープン予定時期は、コースの完成予定時期に近接したそれより数か月以内の時期と解されるから、本件ゴルフ場のオープンは、本件入会契約時の予定時期よりも約二年間の遅延があったこととなる。そして、前記認定事実によれば、右遅延の原因は、バブルの崩壊等による経済情勢の悪化により、会員権が当初の予想どおり販売できないことなどのため、資金調達が困難となり、建設計画の見直し、縮小を行わざるをえなくなって、そのような経緯から佐藤工業と紛争となって工事が中断したことにあるといえる。

しかしながら、ゴルフ場の建設には、多額の資金と長期間の工事が必要であるから、その間の様々な事情の変更や予期できない事態の発生により、工事が遅延し、オープン予定時期も遅延することは往々にしてありうることであり(ことに、本件ゴルフ場のようにその建設資金の大半を会員権の販売代金によって賄う場合には、このような事態に陥ることが多いということができる。)、その多少の遅延は入会者も予想し、許容しているものであるから、右程度の遅延のみで、直ちに被控訴人に入会契約上の債務不履行があるものということはできない。

2  本件附帯設備の未整備について

前記認定のとおり、控訴人は、本件ゴルフ場のパンフレットや概要書に、附帯施設として、室内外プールやアスレチックジム等を備えたホテルを設置することを記載し、本件ゴルフ場のリゾート性を強調し、ホテル等の本件附帯施設の充実をうたって募集を行い、被控訴人もこれらの点をも検討の上、本件入会契約を締結したものであるから、控訴人が本件附帯施設を提供することは、本件入会契約の内容となっているものと一応いうことができる。

しかしながら、預託金会員制のゴルフクラブの会員契約における会員の本質的な権利は、預託金返還請求権とゴルフ場の施設利用権であり、この施設利用権とは、一般の利用者に比べて有利な条件で継続的にゴルフプレーを行うために当該ゴルフ場の施設を利用する権利をいうものであると解されるところ、クラブハウス、浴場やレストラン、あるいは当該ゴルフ場を利用するために宿泊施設が必要な会員のための一定の宿泊施設などといった、会員がゴルフプレーを行うに必要不可欠な施設を除くその余の附帯施設は、一般的には、ゴルフプレーを行うことと直接の関係があるとは認め難いから、これらのその余の附帯施設の提供は、本件入会契約の要素たる債務とはいえないというべきである。したがって、ゴルフプレーを行う本質的な権利が十分に保障され、会員の施設利用権の本質的部分の侵害とならない範囲内では、特段の事情がない限り、その余の附帯施設についての内容の変更や完成の遅延等をもって、本件入会契約を解除することは許されないと解するのが相当である。

これを本件について見るに、前記認定事実によれば、本件ゴルフ場が、他のゴルフ場と著しく性格を異にし、ゴルフプレーを行うに際し、隣接するホテルでの宿泊の必要制が特に高く、ゴルフ場とホテル等の建設が一体をなすものであるとまでは認め難いこと、控訴人は、ゴルフコースのほか、クラブハウスを完成させ、その中に一定の格式を有した客室一一室(四二名宿泊可能)やレストランを確保しており、宿泊を希望した会員が宿泊できない状態にはなく、その規模は縮小されたものの、現状においてはホテルの代替施設としての役割を果たしていると認められることからすると、本件ゴルフ場は、会員のゴルフプレーのために必要な施設は一応完備しているというべきであり、なお、前記認定のとおり、控訴人が附帯施設の建設計画を大幅に変更せざるをえなかった理由についてはやむをえない面もある上、第二期分工事の着工時期は不明であるものの、計画自体を中止したわけではないことをも併せ考慮すると、本件において、本件附帯設備が未整備であることを理由に本件入会契約を解除することは許されないというべきである。

3  新たな会員資格の新設及び正会員権の二分割について

控訴人が、当初四種類に限定されていた会員資格につき、新たな会員資格を新設、募集したこと、また、正会員権を二分割するとともに、一二〇〇名と予定されていた最終正会員数を一八〇〇名としたことは、前記認定のとおりである。

ところで、被控訴人は、このような会員制度の変更が、本件入会契約の内容となる会則の一方的不利益変更に当たり、本件ゴルフ場の格式を著しく低下させ、本件ゴルフ場のプレー予約が取りにくくなるおそれがあるなど、既入会会員の会員資格の価値に重大な影響を与えるなどとして、本件入会契約に違反するものであると主張する。

しかしながら、継続的利用関係を前提とするゴルフ場会員契約においては、その間に種々の事情の変化が生じうることは当初から予想されうるところであり、会員制度の変更についても、それが会員契約における本質的権利というべきゴルフ場の施設利用権や預託金返還請求権に関する既得権の制限や剥奪等にわたらない限りは、会則に基づいてゴルフ場側が変更を実施することが直ちに入会契約上の義務違反になるとはいい難い(なお、会員権の取引価格等の経済的価値を保持すること自体は、直接には、入会契約の権利義務の内容とはなっていないと解するべきである。)。

そして、本件において、新会員制度を新設、募集したことや、正会員権を二分割したことは、被控訴人らの既存の権益を直ちに侵害するものとは認め難く、また、正会員数についても、仮に二分割により従前の正会員がそのまま二倍になっても、現状では、当初の最終正会員数一二〇〇名をかなり下回る一〇〇〇名余りに止まるものであり、これらの会員制度の変更により、被控訴人の本件ゴルフ場の利用に社会通念上許容し難い支障が生じたとか、あるいは支障が生じる具体的危険があると認めるに足りる証拠はない(そもそも、本件においては、正会員の申込数が当初の予定を大きく下回ったことが種々の問題の発生原因となっているものであって、これに対して、控訴人側は、少しでも会員数及び利用者を増やして、本件ゴルフ場をオープンし運営するのに必要な資金を調達するために会員制度の変更を余儀なくされたものと推測されるところ、その変更に当たっては、被控訴人ら既入会会員の不公平感を極力除去するよう工夫し、また、無記名会員の存続期間を一定期間に限定するなど、格式の低下についてもそれなりの配慮をしていることが窺われる。)。

したがって、新会員制度の新設、募集及び正会員権の二分割が、本件入会契約を解除するに足りる債務不履行に当たるということはできない。

4  以上のとおり、被控訴人主張の各債務不履行は、いずれもこれを理由に本件入会契約を解除することは許されないものというべきであるから、その余の点につき判断するまでもなく、被控訴人の請求は理由がないこととなる。

三  よって、本件控訴は理由があるから、右と異なる原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官矢崎秀一 裁判官筏津順子 裁判官山﨑健二は、転補のため、署名押印できない。裁判長裁判官矢崎秀一)

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